変わりモノがいい!

変わりモノには価値がある・・・ハズ?

製造業の国内回帰は待ったなしです。

マスクも薬も中国製、そんなばかな。

 武漢ウイルスで人だけでなく物流も停滞しました。 停滞の理由は運搬手段が少なくなっただけではなく、中国の戦略によって輸出が止まったものがありました。 マスクと薬です。
えっ? マスクは想像できるが薬も?
これには驚きました。
国民を守るための最低限のものを他国、それも独裁国家に依存することは安全保障上の大きな問題です。
政府が額はそんなに多くはないとは言え企業の国内回帰のための予算を取ったということは画期的なことと思います。
それにしても、どうしてここまで中国依存が進んでしまったのでしょうか。
日本はモノづくりで世界に台頭してきたはずなのに、なぜモノづくりを捨てるようなことをしてしまったのでしょうか。
そういうことを考えていたら、僕が最初にモノづくりのシステムについて勉強した本を思い出しました。 コレです。 ザ ゴール

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とても新鮮でした。
制約条件理論について学ぶことができ、企業の目的とはなにか、スループットとはなにか、ボトルネックとはなにか、について学ぶことができました。
いまでも、ドラム、バッファー、ロープ、という言葉は覚えています。

モノづくりの再建が必要と思います。

この本を読んだのは今からほぼ20年前です。
僕が勤めていた工場では当時、製品構成管(BOM)システムを導入しようとしていました。
当時は、部品表に手書きして手配を行なっていた時代で、BOMという単語を使うだけで製造部門からは大ブーイングが起きたような時代です。
僕の勤めていた会社では、設計オールマイティー、生産能力無限大(少なければ増やす、多ければ減らす)という思想でした。
個別受注生産の装置を作っていたので日本におけるモノづくりの代表格のトヨタのような連続的な生産システムではなく、イベントドリブンのシステムによる多品種少量生産を行っていました。

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受注が増えれば工場内は部品と半完成品で埋まり、出荷が遅れると滞留する、ということも起きました。 また、工場内で総合組立を行い出荷検査を行なっていましたので受注から出荷までの工程は長いものでした。 そして出荷、となると現場の組立員が顧客先へ組立+立ち上げ作業に出向くため、沢山の受注をとり出荷のピークが来たときには工場内に作業者が不足するというようなことも起きていました。
このセルフリミッター?機能により売上はある値を超えることができませんでした。
成長できないという壁を打ち破るために製品構成管理システムの導入を機に生産システムの改革をやろう、ということになった次第です。
ちょうどこのころが、日本企業が中国に進出した黎明期になります。
この当時、僕たちの会社は運良く国内生産以外のことを考えていませんでしたが、日本から安い労働力を求めて中国に工場を作る会社が出始めた頃です。
その後、生産能力を拡大して行き日本の工場を凌駕するようになってきました。
僕は中国ではなくシンガポールのEMSを調査に行ったことがありますが、こりゃ参った、と思いました。
広くて清潔な工場にアメリカが指導して導入した生産管理システムが日本の最新鋭の設備を動かす。 おいおい、日本にもこんな工場は多くないよ、と思ったものです。
多分、中国はシンガポールより規模の面で桁違いの工場が稼働していたと思います。
そしてリーマンショック。
リーマンショックにより、日本における中国の役割が変わりました。
生産拠点から、生産拠点+消費の市場、に。
こうやって蟻地獄にはまっていったと思います。
こうやって考えていくと、モノづくりの日本は2000年に入ったときに衰退が始まっていた可能性があります。 そして2011年には東日本大震災があり致命的な打撃を受けたと思います。
贔屓目に見てもモノづくりが衰退して10年以上経過しています。
若者もモノづくりから離れています。
余談ですが、僕たちの時代に大学の工学部では建設学科が一番人気で二番人気が電子工学科でした。 今は電子工学科を希望する学生は激減しているようです。 そうですよね、電機メーカは消滅しましたので。
日立も憧れの先が、GEからシーメンスに変わりました。
ハードからソフトに変わりました。
本当にこれでいいのでしょうか。
僕はNOと言いたいです。
政府が国内回帰の大号令をかけるわけですが、企業が素直に従うかどうかは疑問な面はあります。
でも、これは安全保障の問題なので多少の強制力、法改正を行ってでも実行すべきと思います。
となったときに問題になるのが、モノづくり能力です。
今のままで大丈夫なのでしょうか?
シャープがホンハイに買収されたとき、シャープの社員はノウハウが盗まれると言っていたようですが実態は真逆で、シャープの生産能力の100倍から1000倍の生産を行うノウハウをホンハイが持っておりシャープは太刀打ちできなかったようです。
国内回帰を決めた後は、この問題にぶち当たります。
21世期に入って、生産のプラットフォーム改革の目的で、ドイツはインダストリー4.0をぶち上げ、アメリカはインダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)をぶち上げました。
日本は2015年にインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブを立ち上げた。
確かに、工場同士をつなげ消費者のニーズに無駄なく応える、ということも大切と思うが、その前にモノづくりの根幹を強くしようよ、と言いたいです。
なぜ日本のモノづくりが強かったのか、その強みで差別化できなくなったのはなぜか、それをまずは考えないといけません。

全ての変化はデジタル化から始まった。

昔の記事にも書きましたが、日本の強みは電気であって、それもアナログです。 それが主流であったのは20世期であり、21世期はデジタル、ソフトウエアの時代です。 日本が得意としてきたアナログがデジタルに置き換えられてきたことから日本の強みが強みでなくなってきました。
確かに今でも匠の世界でないとモノができない領域もありますが、ほとんどのものは最先端の機械を導入すれば誰でも作れるようになってきました。
皮肉なことに、この機械を作っているのも日本です。

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     ファーウェイの工場

昔、上長からの命令の中に、装置をロボット化しろ、というものがありました。
聞いたときにはキョトンとしましたが、これを真面目にやっていかないといけないのだと思います。

装置のロボット化、工場のロボット化で勝負

Industry4.0も広い意味でのロボット化になるように思います。
ロボット化は単にデジタル技術やソフトウエアだけではできません。
そこに20世紀に蓄積した日本のノウハウを入れ込むことでオンリーワンのシステムを作れる可能性があります。
強みを発揮するだけでなく弱みへの対応も必要です。
日本は擦り合わせが得意だったので社会構造だけでなく設計や製造方法にもその思想が入っています。
この擦り合わせは参入障壁になる反面、組み合わせでやれるようになると足かせになります。
今こそ、日本も擦り合わせから卒業するときです。
そのためにもモジュラーデザインを本格的に取り入れましょう。
モジュラーデザインで設計されたロボット化された製品をロボット化された工場で造る、
これです。

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 ロボットが製品を作るFANACの工場

半導体製造も200mm世代までは明文化されたノウハウはなく各社の秘密になっていました。
日本は強かった。
それが300mm世代になるときに規格が進められ日本のノウハウは全てオープンになり日本の強みが消失しました。
グローバル化という魔物の影響です。
今回の件は行き過ぎたグローバル化に加えて独裁国家の恐怖が背景にあるので製造業の国内回帰の流れは止めれないと思います。
折角、製造業の国内回帰をするのだから世界をあっと驚かせるようなコンセプトを打ち出し、実現したいものです。
それを実現する過程で、今の日本を創ってきたシニア世代が若者と協力してイノベーションを起こしていく、そういう日がきたらいいなと思うばかりです。
日本はアメリカだけでなくアジアの国々と比べても豊かとは言えなくなりました。
また一生懸命に働いて国民が豊かに暮らせる国にしないといけないなと思います。
皆さん、頑張りましょう。

では、また。

(参考図書) 

 

  
  
  
  
  
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